夢は駆け巡る

YS1986の私見による車を中心とした、日々の日常を綴ります。

自己紹介の続き。ハイパワー4WD編

貴方は時代の変化を目の当たりにした事ありますか?

 

ちょっと大胆な質問ですが、内容的にはスカスカのブログです。YSです。よろしくお願いします。

 

オーテックに勤務する事で購入したY31グロリアだったのですが、やっぱりATというのは面白くなかったです。どうしてもMTに乗りたいなぁ…と思っていたし、後のモータースポーツ界を引っ張っていく車が登場したりしたので。三菱からランサーエボリューション、スバルからインプレッサが登場したのがこの時。

 

ちょっとおさらい。三菱はギャランで、スバルはレガシィWRCを戦っていました。戦績だけ見るとギャランの方が結果は残したかなぁ?うろ覚えで申し訳ないのだけど、WRCはヨーロッパを中心に年間10戦程度開催され、全戦に参加しなくても良かったのが当時のルールだったと思う。三菱は比較的多く参戦していた記憶あり。おのずと三菱の方が戦績は残る訳で。ギャランもレガシィも5ナンバーサイズのセダンだったけど、ラリーを走るにはちょっと大きくて重かった。そこで、小さなボディにハイパワーエンジンを載せてしまえ!と言った事で作られたのがランエボインプレッサ

 

ギャランは205馬力で登場したけど、最初のマイナーチェンジで220馬力、そして、最終的には240馬力のエンジンを積むことになる。この240馬力と言うのが、当時の2リッタークラスエンジンの一つの指標となる。初代ランエボは、ギャランと同じ4G63というエンジンだったけど250馬力で登場。対するインプレッサは240馬力となったEJ20というエンジンで登場。実は時を同じして日産も小型ボディにハイパワーエンジンと言う組み合わせの、パルサーGTI-Rという車を出している。ちなみに、パルサーはSR20DETという230馬力のエンジンだったハズ。この様に小型でハイパワーな車が主流となる中、トヨタだけは大きなセリカで頑張っていた。エンジンは3S-GTEだったけど馬力は覚えていないです。恐らく240馬力前後では?

 

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パルサーGTI-R

結果から言っちゃうと、この中で成功したのはインプレッサセリカも頑張っていたかもしれない。失敗の理由は、以前にも書いた車の3大要素の「曲がる」ができなかったから。ランサーとパルサーは、悪い言い方をすれば、パワーがあれば速いだろうみたいなスタンス。ハイパワーエンジンとなると、ターボが付いていたり、インタークーラーが付いていたりでフロントが重くなるのです。結果、コーナリング中にフロントが逃げる傾向が強くなります。勿論、足回りの変更等でアンダーを殺す事はできるけど、車の持っているそもそものポテンシャル以上にはならない。パルサーの場合は、インタークーラーがエンジン上部にあったのも失敗。空気の抜けが悪くて、インタークーラーが冷えなかった。

 

MTに乗りたかった人間として、実はこの中のどれかに乗る事になります。さて、どの車になったか?を次回は書きます。読んで頂きありがとうございました。